

嬉野の西の入り口俵坂関所跡は現国道34号線長崎県境から約300m程嬉野寄りの旧長崎街道沿いにあります。
俵坂関所は、戦国時代に創設されたと伝えられていますが、詳しい年代は不明です。江戸時代には佐賀、大村藩の藩境に位置する交通の要所として、長崎街道を往来する人、物流を取り締まりました。
特に、キリシタンの取締りが厳しかったと伝えられています。
関所跡の記念碑には当時の関所の柱石のひとつが使われていると碑文に書かれています。また、記念碑の横には「従是北佐嘉領」(これよりきたさがりょう)と書かれた佐賀、大村藩の「藩境石」が、藩境から移されて建っていて、当時の名残を伝えています。関所跡の横にある小道が旧長崎街道で、県境から見ると佐賀県側、長崎県側ともにかなりの傾斜があります。
当時の長崎街道を往来する人々にとって俵坂の関は、いかに旅の難所であったかをうかがい知ることが出来ます。
関所跡横を通る旧長崎街道
関所跡付近から不動山方面を望む
関所跡記念碑

